「葉むら」の暖簾に触れて

2024.09.06

以前であれば、9月に入ればまだまだ暑い夏のような日差しが続く日々の中でも、秋を感じられる日が少なくなかったように記憶していますが、近年ではどちらかというと9月はまだまだ「夏」という印象を受けます。

実感としては、そんな「秋」が待ち遠しく感じるわけですが、天ぷらダネは確実に夏から秋へと移り変わってきています。

海の幸の根源である漁場環境は、人工的な環境問題に加え、気候変動の影響がまともに押し寄せているようで、当たり前のように獲れていた魚介が近年では獲れなくなってしまっている実情があります。魚介を扱う飲食店はさぞかし頭を悩ませていることだと思います。

では、山の幸への影響はどうでしょうか。こちらも海の幸と同様に多かれ少なかれ環境問題・気候変動の問題の影響を受けているように見受けられますが、こちらは栽培技術と各専門農家さんのご尽力で、海の幸ほどの深刻な影響はないのではと感じています。が、少なからず環境問題によって甚大な影響を受けてしまったものも当然あります。その結果、激減してしまった山の幸といえば皆さんは何を思い浮かべるでしょうか。秋の高級食材といえば「松茸」を思い浮かべる人は少なくないと思いますが、今日はその「松茸」についてお話ししたいと思います。

なぜ「松茸」がこんなに高価であるのか?

その他のキノコ、例えば椎茸、しめじ、舞茸、エリンギなどは子どものお小遣いでも買える価格帯で街のスーパーならどこでも買うことができます。特売日なんかだと、下手したら駄菓子屋のお菓子よりも安かったりします。

でも、「松茸」だけは、私の主観ですが幼少の頃からこの歳になるまでずっと「値段が高い」という印象を払拭できないままです。

それは、他のキノコと単純に比較した場合、量産ができないことが値段が高い理由です。つまり松茸は人工栽培できないからに他なりません。松茸のゲノム解読の成功など、人工栽培の研究は進められて少しずつ前進してはいますが、まだ人工栽培技術が見出せられてはいないようです。

ということで、松茸が自然の恵みであることがわかりました。山菜などと同じ天然物の食材であるということです。そして天然物でかつ値段が高いということは、その収穫量が圧倒的に少ないのだろうということが容易に想像できます。有り余るほど採れるならそんなに高額であるはずがありません。たくさん採れるなら他の天然物キノコと同じような値段で買えるはずですから。そうです、実は昔、といっても1960年代半ばは松茸の値段は非常に安く当時1kg当たり約1600円、1本だと80円程度という安さだったといいます。信じられませんね…。

松茸の生産量は、1941年にピークを迎え、それ以降1950年頃までには半減し、さらに1960年代を通じて激減、今ではピーク時の0.5%程度の生産量しかありません。 ある県のデータでは60年前の100分の1にまで激減したとのことです。

松茸が激減した理由ですが、NHKのある番組で「プロパンガスが普及したから」だというふうに主張されていましたが、私は単にそれだけの理由ではないように感じています。

なぜなら、松茸というキノコは、栄養が多すぎる土では生えてこないそうです。栄養が多いと他のキノコやカビがたくさん生えてくるため、松茸は生存競争に負けてしまうということです。戦後まもない頃は、人々は落ち葉や枝を拾って煮炊きをしていたため、山には落ち葉が少なかった。そのため、腐葉土がつくられず、栄養素も多くなく松茸が発生しやすい環境であったわけですが、1953年ごろからプロパンガスが普及したことで状況が一転し、落ち葉、枝を拾って煮炊きをする必要がなくなったことで、山土は富栄養化します。その結果、松茸は他のキノコやカビとの生存競争に勝てず数が減少し、価格が高騰するようになったわけです。なので、この点についていえば「プロパンガスが普及したから」という主張は許容できるものなのかなと思えます。

しかし、松茸はどこに生えるかといえば、アカマツの林です。松茸は山林でアカマツに共生する形で生長します。アカマツの近くにシロという菌糸の塊ができると松茸が生えてくるのですが、そのアカマツも樹齢約50年とかなり育っているアカマツでないと生えてこないといいます。つまり、人間でいえば成熟しきった大人のアカマツとシロという菌糸が揃ってはじめて松茸が生えてくる。そんなアカマツが存在してはじめて松茸が出てくるということですわけですが、1930年代末になると、国内における木材需要が急増し、今までパルプの原木として利用されていなかったアカマツが大量に伐採されるようになりました。そして戦後も復興資材として、さらに1960年代には高度経済成長に合わせて、パルプなどの木材需要が高まり、そのため国内の原木はほとんど伐採され尽くしてしまうほどだったそうです。

さらに後継者不足による山林の荒廃も追い打ちをかけて、松茸は共生の相手を失ってしまったその結果、1920年代頃までは豊富だったアカマツがほとんどなくなってしまい、それに伴って松茸も数が減り、当然ながら高額で取り引きされるようになったというわけです。松茸の減少はプロパンガスが普及したからというよりも、むしろ戦後から高度経済成長期のアカマツの乱伐とも言える日本の林業の問題が大きな理由なのではないかと筆者は考えていますが、皆さんはどう思われるでしょうか。

天ぷらダネとしての松茸からはずいぶんとかけ離れた感がする内容になってしまいましたが、そんな松茸のことをちょっと考えながら、葉むらで秋の味覚を味わってみてはいかがでしょうか。
(次回につづく‥‥‥)

(文:立)

注釈:文中で取り扱っているデータ等については、Bing AI(Chat-GPT4搭載)との対話及びネット情報、文献等からの筆者独自の分析によるものです。
参考文献:『天ぷらのサイエンス』(誠文堂新光社, 2022)